民法総則

第1章 民法総則

第1節 権利の主体

1. 権利能力

  • 権利能力とは、権利義務の帰属主体(持ち主)となれる資格のことである。自然人(人間)と法人のみに認められる。

【条文の背景:胎児の権利能力(3条、721条他)】

原則として権利能力は「出生」により始まるが、胎児には例外(不法行為の損害賠償、相続、遺贈)がある。これは、出生の時期が数日ずれただけで、父親の遺産を相続できなくなるといった不公平を是正するためである。

ただし、判例は停止条件説を採る。つまり、胎児の間は権利能力がなく、生きて生まれた場合にのみ、事件の時にさかのぼって権利能力を取得したと扱われる。

  • 重要判例(大判昭7.10.6):胎児の間はまだ権利能力がないため、法定代理人が胎児を代理して和解することはできない。

2. 失踪宣告

  • 普通失踪(7年間不明)と特別失踪(危難が去って1年間不明)がある。
  • 効果:期間満了時(普通)または危難が去った時(特別)に死亡したものとみなす

【制度の趣旨・背景】

不在者の生死不明が続くと、残された配偶者が再婚できなかったり、財産が凍結されて家族が困窮したりする。そこで、法律関係を確定させ、残された利害関係人を保護するために死亡を擬制する制度である。

  • 失踪宣告の取消し(32条)
    • 善意の行為の保護:宣告後・取消前に善意でした行為(再婚や財産売却など)は有効のままとなる。これは取引の安全を守るためである。
    • 重要判例(最判昭50.6.27):失踪宣告によって財産を得た者は、取消しにより返還義務を負うが、その範囲は「現に利益を受けている限度」である。生活費に消費した場合は「利益が現存する」として返還が必要だが、ギャンブルで浪費した場合は「利益が現存しない」として返還不要とされる。

3. 意思能力・行為能力

  • 意思能力:判断能力のこと。欠如すると無効
  • 行為能力:単独で法律行為を確定的に有効に行う能力。制限されると取り消しうる

【制度の趣旨・背景】

意思能力がない者の行為を無効とするのは当然だが、無効を主張するには「当時の精神状態」を証明せねばならず、負担が大きい。そこで、画一的な基準(年齢や審判)で制限行為能力者を定型化し、その者の行為は**「取り消しうる」として手厚く保護することにした。一方で、取引相手が不測の損害を被らないよう、催告権や詐術**による取消権排除などの規定を置き、取引の安全との調和を図っている。

  • 制限行為能力者の詐術(21条)
    • 制限行為能力者が「自分は能力者だ」と信じさせるため詐術を用いたときは、取り消すことができない。
    • 重要判例(最判昭44.2.13):単に未成年であることを黙っていただけでは「詐術」に当たらないが、他の言動と相まって相手を誤信させた場合は詐術に当たる。

4. 法人・権利能力なき社団

  • 権利能力なき社団:PTAやサークルなど、実体はあるが法人格を持たない団体。
  • 重要判例
    • 成立要件(最判昭39.10.15):①団体としての組織、②多数決の原則、③構成員の変更に関わらず存続、④代表の方法等の確定。
    • 財産の帰属(最判昭32.11.14):構成員全員の総有(持分権や分割請求権がない共同所有)となる。
    • 構成員の責任(最判昭48.10.9):構成員個人は、取引相手に対して個人的責任(無限責任)を負わない。社団の財産だけが責任財産となる。

第2節 意思表示

1. 心裡留保・虚偽表示

  • 心裡留保(93条):冗談などの真意でない意思表示。原則有効(表示を信頼した相手方を保護)。相手方が悪意・有過失なら無効(自業自得)。
  • 虚偽表示(94条):通謀による嘘の表示。当事者間では無効。しかし、善意の第三者には対抗できない。

【条文の趣旨・背景:94条2項(権利外観法理)】

真の権利者(A)が自ら「嘘の外観(Bが所有者であるという見せかけ)」を作り出した場合、その外観を信じて取引に入った第三者(C)を保護すべきである。これは、**虚偽の外観を作出したAの「帰責性」と、「取引の安全」**のバランスによる解決である。

  • 重要判例(最判昭45.7.24他):「第三者」とは、虚偽表示の当事者以外で、その表示の目的につき新たに法律上の利害関係を有した者をいう。
    • 当たる:目的物を差し押さえた債権者、抵当権者。
    • 当たらない:単なる一般債権者、土地の仮装譲受人から建物を借りた者。
  • 94条2項類推適用(最判昭45.9.22):通謀がなくても、本人が不実の登記を長期間放置し、相手方の処分行為を黙認していたような場合、本人の帰責性が重いため、94条2項を類推適用して善意の第三者を保護する。

2. 錯誤・詐欺・強迫

  • 錯誤(95条):思い違い。重要な錯誤があれば取り消しうる。ただし表意者に重過失があれば原則取り消せない。
    • 背景:表意者の保護(私的自治)と相手方の信頼保護の調整。重過失がある者を保護する必要性は低い。
  • 詐欺(96条):騙された意思表示。善意無過失の第三者には対抗できない。
    • 背景:騙された側にも多少の落ち度(帰責性)があるため、完全な善意者との関係では権利を譲るべきとされる。
  • 強迫(96条):脅された意思表示。善意無過失の第三者にも対抗できる
    • 背景:強迫による意思表示は、自由な意思決定が完全に奪われており、被害者の保護の必要性が極めて高い。取引の安全を犠牲にしてでも被害者を救済する

第3節 代理

1. 代理の構造と無権代理

  • 代理:他人(代理人)の行為の効果を本人に帰属させる制度。私的自治の拡張(任意代理)や補充(法定代理)の役割を持つ。
  • 代理権の濫用(107条):代理人が私利を図る目的で行った行為。原則有効だが、相手方が悪意・有過失なら無権代理とみなす。
    • 背景:形式的には代理権の範囲内でも、実質的に本人の利益を害する場合、相手方がそれを知っていれば保護する必要がない。

2. 無権代理と相続

無権代理人が死亡し、本人が相続した場合などの処理。条文がなく判例法理で解決されている。

  • 重要判例
    • 無権代理人が本人を相続(最判昭40.6.18):無権代理人(子など)が本人(親など)を単独相続した場合、自ら行った無権代理行為の追認を拒絶するのは信義則に反するため、当然に有効となる(資格融合説的結論)。
    • 本人が無権代理人を相続(最判昭37.4.20):本人は元々追認拒絶権を持っているため、相続によってその地位を失うわけではない。よって追認を拒絶できる(ただし無権代理人の責任は承継する)。
    • 共同相続の場合(最判平5.1.21):無権代理人が本人を他の相続人と共に相続した場合、共同相続人全員の追認がない限り、無権代理人の相続分相当額であっても当然には有効とならない。

3. 表見代理(109条、110条、112条)

  • 無権代理だが、相手方から見て代理権があるような外観があり、本人にも落ち度がある場合に、契約を有効とする制度。
  • 趣旨信頼の保護(取引の安全)。本人が原因を作った以上、責任を負うべきである。

第4節 条件・期限

  • 条件:不確実な事実にかからせる(合格したら)。
    • 停止条件:成就まで効力が停止(成就で発生)。
    • 解除条件:成就すると効力が解除(消滅)。
  • 期限:確実な事実にかからせる(成人したら、死亡したら)。
    • 期限の利益:期限が来るまで履行しなくてよい利益。債務者のためにあると推定される(136条)。

第5節 時効

1. 時効制度の存在理由(背景)

なぜ真実の権利関係と異なる状態を法的に保護するのか。

  1. 永続した事実状態の尊重:長期間続いた状態を基礎に築かれた社会秩序や法律関係を安定させる。
  2. 権利の上に眠る者は保護しない:長期間権利を行使しない者は、法的な保護に値しない。
  3. 立証困難の救済:昔のことは証拠が散逸しており、真実の証明が難しいため、一定期間で区切る。

2. 取得時効

  • 要件所有の意思をもって、平穏・公然に他人の物を一定期間占有すること。
    • 10年(善意無過失)、20年(悪意・有過失)。
  • 立証の緩和(186条):所有の意思、善意、平穏、公然は推定されるため、取得時効を主張する側が証明する必要はない。ただし、無過失は推定されない(最判昭46.11.11)ため、自ら証明が必要。

3. 消滅時効

  • 債権:①権利を行使できることを知った時から5年、または②権利を行使できる時から10年
    • 改正民法により、主観的起算点(知った時)が導入され短期化された。
  • 所有権消滅時効にかからない(所有権は絶対的な権利であり、使わなくても消滅しない)。

4. 時効の援用と更新

  • 時効の援用(145条):時効の利益を受けるという意思表示。これをしないと裁判所は時効を認められない(当事者の良心に委ねる趣旨)。
    • 重要判例(最判平11.10.21):後順位抵当権者は、先順位抵当権が消滅すれば順位が繰り上がる利益を受けるが、これは「反射的利益」にすぎないため、時効の援用権者には当たらない。
  • 時効の更新(承認):債務者が借金の存在を認める(承認)と、時効期間がリセットされる。
    • 重要判例(最判昭41.4.20):時効完成の事実を知らずに債務を承認した場合、時効の利益の放棄とはみなされないが、信義則上、もはや時効を援用することは許されない